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文フリ福岡後記 - 入川る

入川る

はじめに


どれがどの技とも見わけられないほど、青葉若葉が重なった下に、眼のさめるような緑青色の岩蕗や羊歯が繁っている。灰緑から海緑(ヴェル・マレエ)までのあらゆる色階をつくした、ただ一色の世界で、車もろとも緑の中へ溶けこんでしまうのではないかというような気がした。"久生十蘭『肌色の月』

PM7:58・3/23, 2023

By 青空の抜粋室@aozorabasu123

 私がその会場に着いたのは14時頃のことだったと思う。それから私は,8階,そして7階と,全てのブースに目を通すように隅々まで渡り歩いたつもりでいる。その時に私が手に取った作品を読み,感想を書こう,と思い立つが,それら全てを読み終わってから執筆に取り掛かることは,おそらく私にはできないだろう。そこで,およそ1つの作品を読むたびに記事を書いて,公開してみることにする。ビバ自己満,哀哀O!


(1)結局のところ、

 その時の私には,自分が左手に持っている紙と,そのおとといにつかんだ,最寄りのコンビニで印刷し自転車カゴに入れた道中で風に飛ばされた紙との区別がつかない。けれど,見ると,確かに別の紙だ,ということが分かる。が,この紙は,どこから来たのだ? 風に飛ばされていたところをつかんだのか,ならば私はどこでつかんでいるのか。

 などと空想が膨らむが,それは文学フリマで手に入れた1枚の紙である。

 一言二言,「ツイッターで見た」「黄色いアイコンの」などと言い,机上に置かれた物を横目にそのブースを去ろうとしていた私はつい立ち止まってしまった。

 「深い森から抜け出すように」というタイトルに惹かれたのは,その昔,「光を投げていた」という言葉を追い求めた先で出会った,yoshito iwakura の詩の中の一文,「森の奥に光を投げていた」が,その時の私の脳内に残っていたからだろう。そして私自身,深い森から抜け出すように,そこへ来たのも確かだったから,なのだろうか?

 "街"に暮らす私にとって,森とは何なのだろうか,と考えてしまえば,私が暮らしている街とは何なのだろう,と考えてしまうことになる。

 「深い森から抜け出すように」,その先には句点が打たれている。深い森から抜け出すように何をするのか,何をしたのか,それとも。その,肝心な部分が書かれていないのではないか。作者はここで,それらすべてを隠すようにちいかわの話をするが,これはあらかじめ読者に予告されていたことである。タイトル,「深い森から抜け出すように / わたしとちいかわ」,text,mansooon 。本文には「3時:深い森から抜け出すように。静かな海の上で必死に呼吸をするように。ツイートを繰り返す。」とある。

 あくまで,ちいかわファンの立場として書かれたものである。ちいかわは,いつの間にか私の日常に入り込み,当たり前のようにそこに居座っていて,けれどそれは当然のことである,私にとって,そしてきっと,みんなにとっても。作者がツイッターにあげているちいかわファンアートを見れば,ちいかわが如何に作者の日常に入り込んでいるかが読者に伝わるだろう。

 この作者に限らず,私はこれまでに多くのちいかわファンアートなるものを見てきたし,他人とのコミュニケーションにそのちいかわのイラストを用いたことも多くある。私はここで,川村元気が書いた「世界から猫が消えたなら」というタイトルを思い出す。世界から猫が消えたなら,ねずみホイホイなる物も消えて無くなるだろうか。ちいかわがそんな風に浸透している世界から,ある日突然,ちいかわが消えたなら。私の生活はどのように変容するだろうか。例えば,これまでちいかわに任せていた感情表現。世界からちいかわが消えたなら,私はどのようにして,私の感情を他者に伝えるだろうか。


 この紙を持ち歩いているうちに,これはすぐになくしてしまうだろうなと私は気付く。そこで,何か作ろうと思う。空,風に舞うコピー用紙の画がすぐに思い浮かび,凧を作ろうと思い立つ。凧の作り方を調べると,A4の紙が2枚とあるので,文フリで手に入れた他の紙をかばんから取り出す。なるほど,竹ひごか。確認すると,手元になかった。今日は風もないだろう,それに,走り回って高く飛ばす場所も無いと思い,別の何かを作ることにする。

 そしてできたのがこちら,

〜 結局のところてんダブルパスタ 〜

 「深い森から抜け出すように / ちいかわとわたし」は,2023年10月19日の深夜から早朝にかけて書かれた文章らしい。私はこの作者を,ツイッターの人だ,ツイッターの人だ,と認識していたが,2023年10月19日のこの時間帯にはツイートが行われていなかった。



起きてはいるけど本当に目が覚める時間。11時。毎日同じコンビニに行く。曜日感覚なし。銀行でどのATMを選ぶか考えてる瞬間にも脳が擦り切れていく。リソースとかいう気持ちの調味料。言いたい事は無いのに見たいものはあり過ぎて他人みたい。おじいちゃんになったらノイズミュージックを作りたいね。

PM11:49・10/19, 2023

By マンスーン@mansooon


 この他にも,X(旧Twitter)@mansooon枠内で,0時,1時,2時……,と検索すれば,いくつかのツイートが出てくる。どうやら,この作者の自室には,時計が置かれているらしい。

 その時計にはおそらく秒針もついていたのだが,いつの間にか剥がれ落ち,やがてその時計は1時間ごとの時刻をあらわすようになった,のだろうか。

 最近の私ならば,どの部屋でも,目の前の壁に時計がかけてあれば,迷わずそれに目が行くが,時計が目に付くだけで,知ろうとしなければ,今何時なのかは私には分からない。時計の無い教室で,時計を探す。時計の無い教室,時計の無い部屋で,時刻を知るために,時計を持ち歩く。時計を,身に付ける。

 本文章では,作者のあらゆる体験が,その時々の時刻と結び付けて語られているわけではない。ある一日,2023年10月19日の,深夜から早朝にかけて,そのひと時の作者の思考,考えていたことが,時刻と短いタイトルに結び付けられながら語られている。

 1時,2時,3時……,楽しい時。その時刻,その時というのが,実際にその時刻だったのか,それとも,後から各文章に割り振られた時刻なのかどうかは,読者には分からないことだ。作者は,自身の自室にて,その時計に何度も手を伸ばす。

 そもそも作者の部屋に時計を持ち込んだのは誰なのか。誰が,どんな理由で,作者の部屋に時計を置いたのだろうか。

 きゃりーぱみゅぱみゅのMVにも,時計の描写がある。

 例えば,店長と客。作者と読者。作者の言う,「こっち」とは,どこにあるものなのだろうか。とても大きな川みたいな,海の向こうで,作者が手を振っている。

「私はどれほどの瞬間を/けれど最後の一文で作者は。/結局のところ。」

 という下書きが残っていたが,もはやパスタから読み取ることはできない。

 土曜日のATM手数料には220円かかるものがあって,今日のマクドナルドのダブルチーズバーガーの値段は400円だった。

 私は夢を見ている。その時の私は,おそらく,夢を見ていると自覚しながら夢を見ていた。なぜなら,あの大スクリーンを,あの場所から,見ていたから。けれどどこかおかしい。何かが変だ。あのスクリーンは,というより,この風景は,こんなにちかちかと点滅などしていなかったはずだ。そして私は目を開いたのだろう。その不自然な点滅自体は,今自分が電車に乗っていて,朝日が,橋の支柱か何かの障害物に何度も当りながら,眼球に入ってきていたからだと分かり,私はまた眠りについた。私は,眠っていたいのだろうか,それとも起きてみたいのか。あの時計は,どこにあるのだろうか。

 冒頭で,「インターネットをしていると時間なんて嘘だって思えてくる」と述べる作者は,自身が考察するちいかわと同様に,作品の中に時間を生む。


文フリ福岡後記(1) 紹介作品 

・紹介作品1(購入品)  ※上記の通り紹介。

深い森から抜け出すように / ちいかわとわたし (深夜に書いた乱文)

By mansooon(C - 16)

・紹介作品2(フリーペーパー) ※下記

埋まっていた物

By 久賀池知明(い - 29)

 これは文フリ(10/22,2023)に合わせて事前に書かれたものだろうと推測する。にも関わらず,今の私の心を,誰か見通している? と,来場者(読者)に思わせるような作品。カギカッコのセリフの置き方がとても綺麗だと思いました,獣道。「何をそんなに気にしてるんだ」。ホラー作家の久賀池知明さんでした。    

*作品のネタバレを避けるため,引用を少なくすることを心がけました。

*主に,永江朗「本を読むということ」に基づいて読書を行いました。

*思い出したタイトル,カルロ・ロヴェッリ「時間は存在しない」。

*この記事は,文フリ福岡9内を散歩した入川るが気になった,その作品が持つ魅力に迫り,友人の一定とともに独自に読み解いていく様子を収録,読者のみなさまに公開することで,日常生活の中で文学作品を楽しむ素地を養うことを目的としています。

次回,文フリ福岡後記(2)

NEXT,紹介作品(購入品)

松本栞季「終わってしまった愛に何が残るだろう 1」

では,最後に,この曲でお別れをしましょう。(ラジオ系記事?)

SACOYANSで,読み解いて

歌詞






See You Next time?

文:入川る

写真・イラスト:一定(some picture made using AI)

10/24,2023・PM21: 49

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Comments


食事が変な色になっていくよ

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